ジャスミン奈津美

若き日の聖徳太子

太子について 聖徳太子はのちの用明天皇のもとに生まれた。 太子の本来の名は厩戸皇子であり、生まれながらにして非常に聡明で、日本書紀には「生まれながらにしてよくものをいう」とか、「2歳にして合掌し、東を拝して、南無阿弥陀仏と称した」、「7歳で百済献上の経論数百巻を読破した」とか、そのほかにも、いろいろと大使の聡明ぶりを伝えている。 蘇我・物部の対立 以前、朝廷内で勢力を持っていたのは、大伴、物部、蘇我氏などであったが、この当時は既に大伴氏はすでに没落していたので、残る物部氏と蘇我氏とはお互いに激しい勢力争いを展開していた。 もっとも、この両氏の争いは、今に始まったことではなく、552年、百済から仏教が伝わってきたときに、始まっていた。 このときの天皇、欽明天皇が仏教信仰の可否を問われると、蘇我氏は信仰に賛成し、物部氏はそれに強く反対した。 しかし、天皇は、百済から送られてきた仏像を蘇我氏に与え、礼拝することを許した。 蘇我氏の首領蘇我稲目は喜び、自宅を寺として仏像を安置した。 ところがまもなく、流行病がおこり、多くの人が苦しんだ。 物部氏は、これを「異国の神を拝んだ罰だ」と天皇に訴え、寺を焼き、仏像を堀に投げ込んでしまった。 こうして、両氏の対立は、欽明、敏達、用明と3朝に渡って、ますます激しさを増していったのだった。 用明天皇が亡くなった後、皇位継承問題をめぐって戦いを交えることとなった。 そのときの物部氏の首領「物部守屋」は穴穂部皇子を擁立し、蘇我氏の首領「蘇我馬子」は泊瀬部皇子を推して譲らなかった。 蘇我馬子は一計を案じた。 穴穂部皇子と不和であり、のちの推古天皇となる姫にとりいって、穴穂部皇子を誅殺する詔を手にいれ、皇子を殺してしまった。 このとき、すでに蘇我氏は、紀・巨勢・春日・阿部などの有力豪族の大部分を味方につけていた。 泊瀬部皇子はもちろんのことだが、聖徳太子(厩戸皇子)など、多くの皇子も蘇我氏の味方についた。 これに対し、物部氏は、自分の一族だけで戦わなければならない、という窮地に追い込まれた。 蘇我馬子の率いる大軍は2軍に分かれ、物部氏を急襲した。 物部氏の住む衣摺は、泥沼の多い地域で、物部氏はその地形をたくみに利用し、頑強に抵抗した。 そのため、蘇我氏側は苦戦することになった。 このとき、聖徳太子(厩戸皇子)は戦況を心配し、仏を守る四天王の像を刻み、「物部を倒すことができたら、仏を守るこの四天王のために、寺を建てる」と誓った。 その甲斐もあってか、一時は苦戦していた蘇我氏も、やがて勢いを盛り返し、ついに蘇我守屋を討ち取り、物部の本家を滅亡させた。 聖徳太子(厩戸皇子)は、誓いどおり、攝津に四天王寺を建立した。 こうして勝利した蘇我氏は、その後、朝廷にて権力をふるうようになった。

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企業再編の法務手続き・株式交換を中心に

中小企業でもすすむ企業再編(M&A) 日本の多くの産業は、既に「成熟」の段階に入ってきていると言われます。 それぞれの業界において業界を牽引するトップ企業が存在し、それを追う形で数多くの企業存在しているという構造です。 このような構造の中で多くの業界では企業の「再編」が進んでいます。つまり「M&A」です。 かつてはM&Aなどというと、一部上場の大企業が行うものというイメージが強い傾向がありました。しかし、最近では上場の有無にかかわらず、中小の企業でも生き残りをかけてM&Aの必要性が高まり、その実施が進んでいます。 M&Aの必要性は企業に関する法律である会社法も強く意識しており、平成17制定(施行は翌平成18年5月1日)の会社法では、数多くのM&Aの手続きを制定しました。 会社法で新たに作られたM&Aの手法としてはどのようなものがあるのでしょうか。 保有の株式が「あっという間に」別会社の株式になる-株式交換という手続き 会社法が定めた新しいM&Aの手法で特徴的なものとして、株式交換という手法があります。 これはある会社が他の会社の株式の全てを「巻き上げて」完全親子会社関係を作り出すというものです。 例えば、建設大手のA社が中堅の建設会社のB社を完全子会社化したいとします。 この場合に、原理としてはA社はB社の株主全員、1人1人と交渉して全ての株式を購入すれば、B社の株主はA社だけになります。これによりA社はB社を完全子会社とすることができます。 しかし、実際にB社の株主全員と交渉して株式を購入するということは非常に手間がかかり現実的ではありません。 そこで、会社法では、A社とB社が契約した上でそれぞれの会社の67パーセント以上の議決権の賛成があれば、 強制的にB社の株式を「巻き上げて」A社保有とし、その対価としてA社株式などを交付するという方法を認めました。これを株式交換といいます。B社の株主にとっては、自己保有の株式がA社の株式と交換されるようなものなので株式交換と呼びます。 これにより全ての株主の賛成を得なくとも親子会社を作ることが可能となるシステムが会社法上認められ、M&Aの実施が非常に容易なものとなりました。 この株式交換を利用して一気に会社を拡大した企業としては、一世を風靡したライブドアが挙げられます。ライブドアは株式交換を繰り返して、一気に会社規模を拡大したと言われます。 その他の組織再編手続き この株式交換以外にもM&Aの手法としては、合併(吸収合併・新設合併)・会社分割(吸収分割・新設分割)株式移転が会社法では定められています。 会社法では企業のM&Aが盛んになることを見越してさまざまな企業再編の手法を定めたということができるでしょう。 会社法は平成26年以降、さらに改正されるという見通しが立っています。(時期は確定ではありませんが、早ければ平成26年秋頃、平成18年時点で「先送り」とした親子会社の規制を盛り込む改正がなされる見通しです) ライセンスURL http://www.ashinari.com/search/search.php?search=%E3%83%93%E3%83%AB&page=20

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ノンフィクション回想記 インド旅行 世界遺産編

インドを観光する旅つづいてはムンバイから電車やバスで5時間ほど東に走った町プネーへ訪問しました。ほど近く宗教と学術の街といった印象 外れの街プネー 滞在予算は一日800ルピーほど、宿代もそこまで高くなく500ルピー前後でビジネスホテル並みの2人部屋を確保できる程度です。それに観光者もそれほど多くないので現地人には大学に来た留学生と言って通るくらいです。ですので現地料金で食事や屋台などで買い物もできます。旅の箸休めとしては非常に居心地がよく友好的でインド人の落ち着いた生活場といった印象です。それに大学が近くにあるせいか英語が通用するので助かりますし、英語を知らない人としゃべっていても近くの人が通訳してくれたりしますからなかなかのリーズナブルで居心地がよく、現地の人柄もいいインドの隠れた穴場スポット。 Go to the アウランガバード!! エローラ・アジャンターといった古代寺院やかつての王国の廃城など世界遺産めぐりの拠点となるアウランガバードまで、ここからバスで3,4時間このあたりの人はインド人には珍しくビールを非常に好みます。オートリクシャー(三輪のタクシー)の運転手も観光客慣れしているのでホテルや観光スポット、レストランに連れて行ってくれと言うと良い場所に連れて行ってくれたり観光をパッケージで提案してくれたりします。それに採掘資源が豊富なためかアメジストや水晶、虎目石といったいわゆるパワーストーンが転がっていたりと面白い場所です。ブッタが実際に瞑想に使った場所などがあり日本でいう熊野古道など弘法大師ゆかりの場所の様な歴史的文化遺産のある街です。 歴史的遺産アジャンター寺院洞窟群 アウランガバード中心部からおよそ100km北部に位置する。とあるジャングルの中ひっそりと佇むように存在している当時の宗教寺院跡、日本で言うところの奈良県東大寺周辺のような場所です。当時は多くの王族や商人がここを訪れ救いを求めたとされています。28の寺院がジャングルの谷間を切り抜いて作られている一大建築物です。各宗教が混同しまた28もの建築にいったのは寄贈者(商人や王族)の苛烈な競争意識から生まれたと言われています。紀元前2世紀に建築が開始され、およそ1500年ほど前に完成したと文献に記述されている。 アジャンター建築技法 河が流れ、その横に硬い岩の断崖絶壁がある。そこにアジャンターは建築ており足場を組んで作業をしなかったとされている。当時の石工たちはまず断崖の岩を削り表面を整えアーチ状の窓を作りそこから掘り進む形で寺院を建築していった。削りだされた石は前庭の埋め立てに利用され、アーチ状の窓は太陽光を取り込む為と石の搬出口として利用された。上から掘り進む為足場は必要とせず、不安定な足場による事故を防いだ。しかし、その分装飾と仕上げを同時に行う為、建築構造の把握と高度な技術と忍耐力を要求された。確かに、寺院で人が事故で亡くなるなどあってはならない。仕事の仕方から当時のそういった事情も今に伝えている。ちなみに現代のインドもこの技術を受け継ぎ高い加工技術水準を今に残している。 エローラ寺院遺跡郡 アウランガバードから北西に25kmにエローラ寺院遺跡郡がある。アジャンターとの違いはヒンドゥー教色が強く、装飾には当時の芸術家がヒンドゥ―教叙事詩(ラーマーヤナ)を基にしてデザインしたとされている。一つの岩山をくりぬいて作ってあり、アジャンターと建築技法は同じで足場を使わず装飾と仕上げを同時に行って作られている。またエロティックな装飾が多いがこれは苦行に励むシヴァ神の心を乱すため愛の神カーマを他の神々が送り込んだと言う逸話から構成されている。(日本ではカーマ・スートラとして有名なあのカーマの事)掘り起こされた石の量は54000立法m。面白い事に日本の大黒様はシヴァ神の化身と言われているが定かではない。

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アメリカンライフ 真偽その1:太っている人が多い?

「アメリカンライフ」と題したこのコラムでは、10年近くをアメリカ西海岸で過ごした筆者が自分の体験を元に、日本人が抱くアメリカの印象の真偽を追って、アメリカ文化、アメリカ人、アメリカという国を語ります。 二十歳で単身渡米をし、3年前に日本へ帰国しました。 帰国してからは、友達や知り合いなどに、本当のところはどうなの?ということを聞かれます。 「銃ってそこらへんにあるの?」 「誰でもキスとかハグするの?」 「ハンバーガーばっかり食べてるの?」 海外旅行でハワイなど行くのは当たり前になった昨今でも、アメリカ人の常識や、日常は旅行者には見えにくい部分がありますよね。 アメリカで実際に生活してから、私も見えてくることがたくさんありました。 印象どおりだったり、だいぶ違っていたり。 毎回一つずつ、よく聞かれる疑問を取り上げていきたいと思います。 今回は、アメリカには「太っている人が多い?」のかどうか。 体が大きい 太っているかどうか、ではなく、基本的に体が大きいです。 歴史的に色んな人種や民族の人が寄り集まってできている国ですから、日本人が国の9割を占める日本のように「これ」といったスタンダードがありません。 なので、アメリカでは大まかにデータが取りにくい部分もありますが、日本と比べて、出会う人すれ違う人、皆基本的にたくましいという印象です。 平均身長で言えば、アメリカ人の白人、黒人男性は178センチ。(他民族、たとえばメキシコ系などは小さめです) 日本人男性は170センチなので、だいぶ違いがあります。 その上、アメリカの男性は肉付きもいいですが、筋肉のノリがやはり違います。 私がいつも驚くのは、10代の男の子です。 日本の10代の子たちなんか、ひ弱でまだまだ子供といった体つきですが、アメリカのティーネイジャーはひとりの男というかんじ。どうやって鍛えたらそんなにむきむきになれるの?と言うような筋肉のつき方です。 女の人も背が高い人はすごく高い。 だからなのか、中には日本人くらいの華奢な人もいますが、家具や公共の施設など、いろいろな物が大きくて、背が高く作られている気がします。 基本的に、アメリカ人は日本人とは体のつくり、大きさが違います。 食べ物は全て甘い アメリカに行って、まず最初にびっくりしたのは食べ物の甘さでした。 チョコレートやケーキを食べると、甘い!日本で言う「すごく甘い」が、アメリカでの「普通に甘い」のレベルです。そして、甘くないはずのものでも、甘い味がするのが不思議でした。 例えば、豆乳。プレーンを買っても、甘い味。ラベルを見ると、砂糖が入っています。無糖などというのはアメリカにないのでしょうか。 日本からアメリカに遊びにきてくれていた友達が、「アメリカは何を食べても甘いね」と言っていたのが印象的です。 甘い味が好きな国民性からなのか、全てが甘い。やはり、これでは体重は自然と増えてはくるでしょうね。 食べ物は全て多い 食べ物の甘さと同じくらい驚いたのが、その量。 レストランなどで注文すると、ドン!ととんでもない量の食べ物が運ばれてきます。日本での量に慣れていると、驚くと思います。しかも、日本のレストランなどでは、定食を頼むと色々なものがたくさんちょこまか出てきたり、一品料理を頼んでも漬け物やみそ汁が一緒についてきたりしますが、アメリカは一品勝負!と言わんばかりに、頼んだものだけが大量に出てくるので注意です。 そして最初はそれに驚いても段々と大量の食べ物に慣れてきて、アメリカの一人前(日本のおそらく2?3人前)をぺろっと食べてしまうくらい、アメリカ文化にとけ込んでしまう日が来るのです。あともうちょっとだし、食べておこう。とか思ってしまうのが、慣れの怖いところです。 そうすると、やはり体重は増量するでしょうね。これもまた、自然と太ってしまう要因です。 また、日本人だとこういうのがアメリカ的に思いますが、アメリカで生まれ育ったアメリカ人だと、それが普通なので、太ってしまう要因になるでしょうね。 やはり太る傾向 結論、やはり太ってしまいやすい文化ですよ、アメリカは。 元々体が大きく、味付けは甘く。そして量は多い。この上車社会なのは言うまでもありませんから、太ってしまう要因はありまくりです。 現に、日本からアメリカへ来た日本人は、必ずみんな、少なくとも数キロは増量していました。ちなみに筆者は留学中はおそらく10キロは増えました。その後、恐ろしいことにあと5キロは増えました。10年で15キロは増量した計算です。 おもしろいのが、自分の含め、皆日本に戻って日本食中心の普通の食生活に戻すと、するすると体重も戻ってしまうこと。 アメリカ人は、もちろんそういうこともないですから、アメリカ人は皆太っている、とはいわなくとも、太りやすい傾向にある、とは言えそうです。 画像提供:写真ACより http://www.photo-ac.com/

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急速な拡大を見せる無線LAN

一部のマニア向けから一般市民へ浸透してきた無線LAN 最近、無線LANが急速に一般化してきています。外を歩いていると、あちらこちらで「無線LAN」や「Wi-Fi」という言葉を見かけるようになりました。 以前はLANといえばパソコン中心の社内ネットワークというイメージが強かったと思います。会社内設備が主だったこともあり、主流は有線LANでした。ケーブル接続の高い信頼性に加え、スピードも速かったということが要因だろうと思います。そこでは、無線LANはあくまで会社内では有線LANの補完的役割にとどまり、一般家庭においては家庭内LANのススメなどの記事は見かけながらも、結局は一部の詳しい人、いわゆるマニア向けという枠は脱しきれていなかったと言えるでしょう。 ところが現在では、無線LANは有線LANに比べ、格段にその存在価値を高めています。それどころか、外出先においても、あらゆるところで公衆向けの無線LANが提供されるようになりました。大手コンビニエンスストアでは、公衆無線LANのサービスがないと生き残れないのではないかとさえ言われるまでになりました。今では、無線LANという言葉を見聞きしない日はないくらいまで浸透してきました。 スマートフォンとタブレットの普及が無線LANの拡大を後押し この無線LANの設備の急激な拡大は、一体何によってもたらされたのでしょうか?これは間違いなく、スマートフォンやタブレットの急激な普及にあると思います。スマートフォンは、従来型携帯電話であるガラケーからの置き換え需要が今でも広がっていますが、ガラケーでは携帯電話回線によるインターネット通信のみだったのが、スマートフォンでは無線LANへの接続による高速インターネット通信を可能にしました。またタブレットは、携帯電話回線との契約のない、無線LAN専用の端末が売り上げの多数を占めていると言われます。 ともに、LANという観点で見れば、スマートフォンもタブレットも、有線LANには完全にそっぽを向いており、接続口すらありません。完全な無線LAN向け製品と言えるでしょう。 これらモバイルデバイスの急激な普及は、これらの機器が標準で搭載する無線LAN機能の使用の拡大にも大きく影響しています。モバイルデバイスによるインターネットの閲覧やダウンロード、オンラインゲームなど、多くは通信を介していますが、料金のかかるパケット通信でなく、無線LANにつなぐことで、料金がかからずにこれらの機能を楽しめるという点が非常に受けたのではないかと思います。 これらに連られるかのように、他の機器についても無線LAN対応も進んできています。プリンタの無線LAN対応は、スマートフォンやタブレットなどの無線LAN専用機から直接写真印刷できることで、大いに人気を博しています。また、ゲーム機についても、無線LANにつなぐことで、手軽にオンラインゲームができるようになりました。この他にもたくさんありますが、LAN設備からケーブルが消えたことで、一般の人にも定着し、様々な面で便利になってきています。 無線LAN自体の技術も進化中 また、無線LAN環境の構築技術の進化も忘れてはいけないでしょう。誕生当初からしばらくの間は、パソコンの管理画面を開いて、必要となるソフトなどのインストールの設定の必要があったものが、今ではその手間をなくすことができるものも現れてきています。簡単に無線LANを構築できるようになったことも、急拡大の要因の一つでしょう。 今後、無線LANは、あらゆる場面での利用はもちろん、更なる提供場所の拡大が期待されています。そして、数年後にはどこに行っても無線LANは当たり前、という時代になっているのではないでしょうか?今後も大いに注目したいと思います。

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